1月29日(金) ネットの光と影

毒ネット・・・ ある日の朝刊の見出しです。心の一部が凍りつくようなとてもイヤな言葉の響きですよね。
ドクターキリコ事件に代表される一連のインターネット関連の忌まわしい事件のことが書かれてあったのですが、いろんなメディアでいっせいに、ネット全体が悪いという書き方をしていたのには苦笑してしまった私です。どんなものにも光があれば影の部分があるように、ネットの世界にも明と暗があるのはあたりまえなのにね。

私は女性ということもあって、アダルトサイトを見たことがほとんどありません。そのページを見るかどうかはその人本人が選ぶことであって、見たくないページには行かなくてもいいのですよね。文章にすると当たり前すぎることなのですが・・・。
そういうこともあり、あの一連のネット犯罪は、どこか自分とは関係がない世界、という意識があったこともたしかなのです。ちょっと不謹慎だったかな。

でも、昨日の新聞のある記事にはドキッとさせられてしまいました。若い保母さんが保育園児の成長の記録をインターネットで伝えたい、そう思ってホームページを開き、そのことがプライバシーが世界に向けて発信されてしまったということで、たくさんの人を巻き込んで大騒ぎに発展してしまったというのです。もちろんHPの作者である保母は、悪気があったわけではなかったようです。この事件は他人事ですまされないものを感じてしまいました。私の知人が、ある集まりの様子を自分のホームページで写真入りで紹介したら、その時に参加していたメンバーから抗議されて、やむなくその写真を載せるのを中止した、ということがありました。どこまでがプライバシーの許容範囲なのか判断するのは難しいのですが、届いたメールの内容を許可なく載せたり、知人たちの知られたくないヒミツを文章にしたり・・・ そんなことは絶対にするべきではないのでしょうね。ホームページの作者として、あらためて心がキリッと引き締まるような、そんな今回の記事だったのです。


1月20日(水) 「心をひらくって何ですか?

16日に教育テレビで放送された番組です。「シーラという子」を読んでいろんなことを考えさせられた私は、この本の著者をテレビ画面を通してですがはじめて見ることができて嬉しかった・・・ どちらかといえば大きな身体に人なつっこい笑顔、緊張している初対面の子供たちを何とか打ち解けるようにする優しい配慮など、私の思っていたとおりの素敵な女性でした。

自分の心を少しずつ開きながら悩みを語る子供たちに対して、トリイ・ヘイデンの優しく、でも時には厳しい言葉のひとつひとつが私の心までしっかりと届きます。
自分自身に対して辛抱強くなる
彼女がメッセージとして放った言葉の中で、私が一番印象に残った言葉です。悲しいことや辛いことが起こった時、人は落ち込み、自分の殻に閉じこもりがちになります。彼女はそういう時、早く立ち直る必要など全然なくて、辛抱強くもとの心になるまでゆっくりと待てばいい、というような意味のことを言われていたのですね。
彼女の言葉は私にはとても新鮮だったし、過去の体験から心の一部をいまだ閉ざしている私には、気持ちが楽になる言葉でもあったのです。
心が喜んだ楽しかった経験はもちろん、イヤなことや悲しい経験をしてきたのも自分。どちらの自分も丸ごと受け入れることができたらいいですよね。


1月14日(木) 映画「夏草の女たち

前にテレビで放映されたのを観てとても感動した私は、この映画がもう一度観たくてビデオを借りてしまいました。昭和27年、中野にある古くて小さなアパートと、そこに住むたくましい女性たち。彼女たちは口が悪くて会うと喧嘩ばかりしています。そのくせ何かあると相手をかばい、一生懸命に手をさしのべようとするのです。こに映画に登場する女性たちの多くはけっして上品とはいえないタイプなのですが、一見はすっぱな彼女たちの言動から、やさしさや思いやりが感じられて、見ていてとても気持がよかったのです。

どちらかと言えば暗いタッチの映画でしたし、けっしてハッピーエンドではなかったのに、見終わったあとで心に残ったものがあたたかくて、その気持ちをかたまりにしていつまでも心に残しておきたい、そんな映画でした。
映画に登場するのはたくましくて強くて、でもシンはとても優しい女性・・・ ゴツゴツした岩の中から価値ある宝物が見つかるように、自分にとって大切な人、真の友人が見つかると幸せですよね。見せかけだけのやさしさに惑わされないよう、人の心の根っこの部分をきちんと見ることができる、そういう人になりたいな。
あと、戦地で敵と戦ってきたのが男性なら、残された女性たちも戦争の爪痕とずっと戦ってきたんだなあ、なんて、今さらのように思ってしまいました。

子役の二人、とくに男の子の演技や仕草がとても可愛くて、見ながら思わずニコニコしてしまいました。


1月11日(月) 映画「HANA−BI

映画を見終わって私の心に残ったもの。きれいな青い空と海。原色の絵と死・・・
愛する家族たちの死に代表される日常の死と、何らかのアクションを起こして生じた突発的な死。そんな暗い絶望的なものばかりが感じられて、見終わった後でとても重苦しい気持ちになったのが最初一度目に観た時でした。二度目にやっと、映画の流れから愛を感じることができた私です。

幸せな時が、あることをきっかけにいとも簡単に壊れていくさまと、その運命にのみこまれてしまった人たちの悲しみ・・・ それらが言葉ではなくて、人のふと見せる表情や、背景に拡がるきれいな自然によって描き出されているのを感じました。

絶望に打ちひしがれている人の後ろに広がる青いきれいな海と、その海の色に負けないくらいの青い空。不慮の事故で身体に障害をおってしまった男性の書く、なぜか顔の部分だけが花の不思議な動物たちの絵・・・ 焼きついた映像たちです。

正直に言います。私にはこの映画のよさがいまひとつ分からなかったような気がしています。映画を見終わった後で喜びやら明日に繋げる希望やら、そんな気持ちが湧いてくる、そういう映画だけがけっしていい映画ではない・・・ そいうことなのでしょうか。


1月7日(木) 夫婦のありかた

最近の新聞を読んでいると、熟年離婚、セックスレス夫婦、夫の家事参加・・・等に代表される、夫婦のあり方について述べてある記事をよく目にするようになりました。今ちょうど夫婦について考える、そういう時期にさしかかっているのかもしれませんね。

新年早々にこんなことを書くのはちょっと気がひけるのですが、私の友人や知人など何組かの夫婦がすでに離婚されています。
「夫とは性格や価値観が違いすぎる・・・。」
別れてしまった私の友人たちは口を揃えて言います。

ある日テレビに精神科医の海原純子さんが出演されていました。
「男と女って自分とは違っている人に惹かれるのですよ。間違いなく。」
彼女のこの一言に「あっ・・・」と私。
そしてその後、「フム〜。」とナットクしてしまったのです。
そういえば夫と私も性格がまったく違っているのでした。
自分と違っているから相手に惹かれ、別れる時にはその違っている部分が原因となってしまう、と言うのだから、男女が一緒に生活していくのって難しいですよね。ほんと。

男と女。身体も、心の様子も、なんだか知らないけど違っていて、それに付け加えて自分と異なった人に惹かれるというのだから、カップルになった場合、一緒に生きていくうえでちょっとした努力のようなものがいるのかもしれませんね。その努力のことをこんな時は「思いやり」ってよぶのでしょうか?
違っているもの同士の二人が、ある時は心が近づき、ある時は離れてゴツゴツとぶつかり合って生活してる・・・・

年月が、二人をまあるくしてくれるといいなあ。


1月5日(火) 映画「不機嫌な果実

2年ほど前に林真理子さんが書かれた原作本を読んだのですが、主人公の麻也子に対してあまりいい印象を受けなかった私です。自分はもちろん相手の服装や職業、食事をする場所、その時に流れている音楽・・・ とことんこだわってそれを求める彼女の生き方は見方を変えるととても窮屈そう。

映画を観ているうちに林真理子さんがそういう女性の生き方に対して、じつは皮肉たっぷりに描いていたことを今さらのように知った私です。
「私ばかりいつも損をしている。」
自分が不幸なのはいつも相手のせいだと思っている女性・・・ 生きていくことに横着な主人公の女性を、南果歩さんがとても上手に演じていらっしゃいました。

映画の背景ですが、日本で撮っているはずなのに、なんだか異国の地のようなひなびた素敵さがあって、そんな風景の中を主人公たちが歩いている姿は、自称”散歩マニア”の私にはたまらなく魅力的なシーンでもあったのです。
あと、本のほうではかなり過激な性描写も、映画のほうでは光と影、そして音楽を上手に取り入れて、映し出されるお部屋の様子にしっくり溶けこんで、心が静かなままで観ていた私です。


はじめてのおつかい!

このシリーズは長いですよね。そして見るたびに胸のあたりが熱くなってしまうのはどうしてなのでしょう。画面に映し出される地は、素っ気ないほどの普段のままの地で、そこを歩いている子供を撮っているだけなのに、その風景はやさしくてなんだか懐かしい・・・ その場所に住んだことがないのになぜなのでしょうね。いつも不思議に思う私です。

ひとつの家庭にそれぞれドラマがあって、私たちが知らない場所で、笑ったり、泣いたり、そして一生懸命に生きている・・・ つい忘れそうになってしまう大切なことをあらためて気づかせてくれるみたいですね。子供のおつかいを通して。

大人から見るとほんの小さな出来事も、子供にとってはとても大きな出来事。
全身で自分のまわりの事柄をとらえ、そして全身で感情を表現する子供たちを見ていると、いつも大きく感動してしまうのです。



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