10月28日(木) 午後の居場所で(落合恵子さんのこと)

「午後の居場所で」という題名で、新聞の家庭欄に作家の落合恵子さんがエッセイを寄せられています。そして、それをいつも楽しみに読んでいる私です。昨日は落合さんと彼女の母親とのやりとりが、ほんのちょっとした出来事にからめて書かれてあって、自分のことはいつも後回しにして、まるで楽しむことを避けるかのようにいろんなことを我慢をし続けてきた母親が、好物のお寿司のなかでもとりわけ大好きなトロから箸をのばした・・ その驚き、喜びが、娘である落合さんの目から描かれていて、読んでいるうちに胸がジーンとしてしまったのです。

落合恵子さんとその母親との関係といえば、彼女の自伝と言われている作品「あなたの庭では遊ばない」を思い出します。その本をもう一度今日読み返してみました。一枚のお皿を一時間をかけて洗う不潔恐怖症という神経症の彼女の母親のことが大きな軸となっているこの本ですが、母親がどうしてそんなふうになってしまったのか・・そのことから、さまざまな問題点が浮かび上がってきて、母親を通して家庭のこと、それを取りまく社会について述べられています。彼女と母親の関係は、落合さんがフェミズムに傾倒していったその原因のひとつにも考えられるぐらい、彼女のそれからの人生に影響を与えたようです。友人や仕事で関係した女性たちとのエピソードも織りまぜながら、”女性の生き方”という大きなテーマに挑戦したかのようなこの本・・ 読んでいるうちにやるせないほどの重いものを感じながら、私自身も目をそらさないで考えなはくていけない大切なこと、そのことにも気づかせてくれた、読んでほんとうによかった本・・。

新聞に寄せられた落合恵子さんのどちらかといえばほのぼのとしたエッセイと、ため息が出るくらい重いテーマをあつかった「あなたの庭では・・・」の本が私の中で重なり、母と娘・・ 肉親だからこそ生じる愛や葛藤について思いました。


10月27日(水) 映画 「完全なる飼育」他・・

夫が借りてきた映画のビデオは三本。「8mm」、「ブレイド」、「完全なる飼育」・・ 「ブレイド」はチラッと観て私の嫌いなタイプの映画だったので途中で観るのをやめました。殺傷シーンが速いスピードで駆けめぐる、そんな映画はとても苦手・・。「8mm」はニコラスケイジが主演をしているというので期待をして観たのですが、こっちも残酷な場面がけっこうあって、観ているうちに気分が悪くなってしまいました。ニコラスケイジもこの映画では魅力が出しきれていなくて、ファンを自任している私はちょっとガッカリ。
「完全なる飼育」は、中年男が女子高生を誘拐して自分のアパートに監禁、そして彼女を飼育していく・・というショッキングな内容。面白い映画だったとは思うけど、映画を観ながら心に小骨が刺さったような、そんな不快感が始終つきまとってしまったのもたしか・・。私がもし男性だったら、また違った視点からこの映画を観ていたような気がします。もしかして、これはたくさんの男性たちが心の奥に持っている望みなの・・?そんなことを考えると気持ちがざわめいてしまったのです。考えすぎかしら?
暗めのタッチの映画は私は嫌いではありません。だけどどこかにちょっとでも爽やかな部分があって欲しい、そう思うのです。それはほんのちょっとしたことでよくて、たとえば主演の男優さんの時おり見せる笑顔だったり、舞台になっているアパートの窓から見える空がとてもきれいだったり・・そんな小さなことでいいのです。そんな救いのようなものがこの映画には見あたりませんでした。ただただ暗い日常が続き、閉ざされたアパートの一室で毎日ように繰り広げられる、竹中直人扮する中年男と女子高校生との性の饗宴・・。彼らが棲むアパートの他の住民との関係が、どこか曖昧だったことも気になるところ。
淫靡はいいけど陰気は嫌い・・ そんな私だから、この映画がいまひとつに思えてしまったのかな。
なんだか辛辣なことばかり書いてしまいました。
たまにはこんな日があってもいいよね・・・。


10月18日(月) ハルジョオン・ヒメジョオン

今日は音楽のお話です。紫のシースルーを着た色っぽいユーミンのアルバム「紅雀」の中に収められている「ハルジョオン・ヒメジョオン」という曲を知っていますか?ユーミンの曲の中ではどちらかといえばマイナーな曲なのですが、この曲を始めて聞いた時、心がジーンとなって涙が出てしまいました。いつも草の仲間ぐらいにしか取り上げられなかった地味なヒメジョオンの花・・ こんなにきれいな詞とメロディが作れたことも私には驚きでした。

私が幼い頃、近所の空き地では草たちに混じってこのヒメジョオンがたくさん咲いていました。背高のっぽの草たちに負けないように、思いきり背伸びして咲いているヒメジョオンの花は、当時からどちらかといえば雑草扱い・・。当時、毎日のようにこの野原で遊んでいた私の頬や身体に、この花や葉などがやさしく触れ、別に手にとってみることもなく、自然な感じでそこにある、というふうな草花の様子・・。その時のけしきはやわらかく私の心にいつまでも残っています。

レンゲ、クローバーなどのいろんな草花に触れる機会の多かった子供時代ですが、このヒメジョオンには特別な思い出があります。少女から大人になっていくそのあやうい時期、ほんの悪戯のような戯れ・・ そのキラキラの思い出たちがユーミンの曲によってまた私の心によみがえってきたのです。


  ヒメジョオンに埋もれて くちづけをした
  土手と空のあいだを風が渡った・・





10月15日(金) ここがヘンだよ日本人

13日の夜10時から放送された「ここがヘンだよ日本人」は、みずから自分をゲイだと名乗る方たちがスタジオに集まって、外国の方たちと話し合いをしました。討論が白熱しすぎてあわや大乱闘、というところまで行きかけた、そんなすごい論争がテレビ画面の中で繰り広げられたのです。
「僕の息子がもしゲイだったら、その息子は僕が殺す・・」
ひとりの外人の男性が言ったこの一言が、そもそもこの激しい論争のきっかけに・・。この言葉はゲイの人たちにとって自分の存在をすべて否定されたような、彼らが怒るのも無理がない、そんなきつい言葉だったと思います。まさに暴言。

私は女性です。異なる性の男性に惹かれます。そして自分にはない性格のもろもろの部分、自分とは違っているところに惹かれるのです。それは身体の凸と凹の部分といっしょで、どこかで自分の欠けている部分を無意識のうちに補おうとしているのかもしれません。よくゲイの方は美的センスがよかったり優秀な方が多いとも聞きます。もしかして自分の中でいろんなことが完成しちゃっているのかしら・・?なんて、そんなことを思ってしまう私なのでした。考えすぎ?(笑)
いわゆるバイセクシャルの方が私のまわりでも意外に多いのは感じています。恋愛の対象が広くて多い彼らをうらやましいと思って見てしまうのですが、きっとそんなかんたんなものではないのでしょうね。

私の大好きなお話、吉本ばななのキッチン・・ その中に出てくるえり子という名前の外見は女性、でもほんとうは男性のことを思い出します。すべてを失った主人公のみかげを無条件で温かく迎える、そんなえり子のやさしさを思う時、胸のあたりがジーンとしてくるのです。男性、女性、そんな性差よりも人間性・・ そんなあたりのまえのことを今さら思う私です。


10月7日(木) TOKYO STYLE

朝日新聞の朝刊で連載していた『終の住処 ついのすみか』の特集記事が昨日で終わりました。どうしてその地を、その家を選んだのか・・ 大きめの写真とともに載せられている記事を、とても興味深く読んでいた私です。家について語る時、その家族のちょっとした歴史のようなもの・・ 家族の成長や変化とともに家自体のありかたが変わってくることをあらためて感じた私です。
先月の29日の『終の住処A』に載せられた一枚の写真が私はとても好き。日当たりがいい、赤いお花たちが植えられたベランダを背に老夫婦が座っている、そんな写真。その部屋はけっしておしゃれではないし、雑然した感じさえある普通のお家。その家の2階からは相模湾を遠望できるそうで、もと捕鯨船の船長だった夫は気が向くと妻と連れだって歩いて、近くの海岸に行くのが日課なのだそうです。海の見える家での夫婦二人の静かな生活・・・ やすらかな毎日。
夫婦が選んだ終の住処(ついのすみか)は、とても心地よさそうでした。

私が好きな本に都築響一さんの『TOKYO STYLE』があります。京都書院から出されたこの本には、東京で暮らす人たちの部屋ばかりが載せられています。ぜんぜんおしゃれでもなんでもない雑然とした部屋たちの数々は、狭くて散らかっているのだけれど、住んでいる人の好きなものやそれぞれの生活が小さな空間にギュッとつまっていて、それはまるで小さな宇宙・・・。この写真をながめていると、きちんと並べられ整頓されたものだけが秩序ではないことが分かります。
もしかしたら世界一のスピードで動いていると思われている東京の只中で、小さな部屋を借り、どうしても必要なぶんだけ働いて、あとは本を読んだり絵を描いたり、音楽を聴いて静かな毎日を過ごしている人々がずいぶんいる・・・ という著者の言葉がとても印象に残っています。
インテリア関係の雑誌や本を読むのが大好きな私ですが、おしゃれで素敵な部屋はもちろん、住み手の個性が感じられる、こんなお部屋の写真たちもとても好き。