7月26日(月) 映画「プライベート・ライアン

「えっ、なんでこんなに涙が出るの・・・」
映画を見始めてから涙が止まらなかった私です。冒頭のとても哀しいお墓のシーンから悲惨な戦争のシーンにかけて、自分でもおかしいぐらいに泣けてきたのです。その時には映画を観ながら、命について私なりに漠然と思いを馳せていたようです。
不思議だったのが後半の凄まじい戦いのシーン。ライアンを助けようとする感動的なシーンでもあるはずなのに、ひとつの戦争映画を楽しむ、そんなノリで映画を観ている乾いた心の自分がいました。前半では命の重さと尊さ、そしてそれが無惨に消されていくやるせなさがあんなに伝わってきたのに・・・。
映画を観ながら時間の経過とともに私の心がどのように変化したのかは分かりませんが、胸に痛いぐらいに響いたあるテーマが、私の中で宙ぶらりんになってしまったのはとてもざんねんに思います。だけど、ラストのシーンのライアンの短い一言がとても印象に残っています。もし私がライアンの立場だったら、自分の命の重たさにもしかしたら押しつぶされているかも・・・ そんなことも思ったのです。

映画「死国

思ったより怖くなかったのは、私の期待が大きすぎたからでしょうか。原作本とくらべて性的なシーンやどちらかといえばおぞましいシーンがなくなっていて、美しいお話にまとめられていたような気がします。この世とあの世を越えた世界での恋慕が、とても哀しく伝わってきたのです。
原作本を書かれた坂東眞砂子さんが描く、怖いけれど美しい世界がこの映画にもじゅうぶん表現されていて、ホラーが苦手な方でもじゅうぶん楽しめる映画だと思いました。


7月12日(月)

昨日の新聞の読書のコーナーに、吉本ばななさんの「ハードボイルド/ハードラック」のことが取りあげられていました。今までいろんな方がばななさんの書かれたお話についていろんなことを述べられていて、ばななさんファンのひとりとして、そんな彼女の本の評価をまるで自分の子供の成績表をながめる、そんな気分でちょっとドキドキしながら読んでいたものです。
なんだか前置きが長くなってしまいました。今回書評を書かれた池上冬樹さんの文章がとてもよかったので、ここで紹介させてくださいね。
外界を心で感受する姿勢、これこそ吉本作品に出てくる主人公たちに共通している、と池上さんは述べています。この短い言葉に、「うん、それそれ・・・」と、嬉しくなるほどナットクしてしまったのです。 ばななさんの書かれたものは心で読まないといけない、そんなことをずっと考えていた私だから。

吉本ばななさんの書かれるものが、ある時から死やら霊などの、ちょっと間違えるとオカルト的なものたちがたくさん登場しはじめて、そのことで彼女の作品から遠ざかってしまった人が多いのもたしかなのですね。それはとても残念に思います。
心で感受する姿勢、そのことをつきつめると、どうしても目には見えない世界のことは避けて通れない・・・ そう思ってしまうのは、やはりばななさんびいきの私だからなのかしら。


7月11日(日) 映画「CUBE

なんだかとても不思議な映画でした。映画を観ながらむかしよく遊んだテレビゲーム「ゼルダの伝説」のことを思い出していた私。不謹慎かもしれませんが、実際に画面の中で繰り広げられているシーンがゲームのように見えてしまったのです。駒が生きている人間だということで、生々しい恐怖が迫ってくることを除けば、あの四角四面の立方体の世界は妙に現実離れしていて、やはりゲームの世界のよう。
観ているうちに自分が殺戮ゲームの観客のひとりになったような、そんな後味の悪さは感じられたものの、今までの恐怖映画とはまた違った怖さが迫ってくる映画だったのです。
あと数のもつ神秘性ともいえる奥行き、映画の中での数式の重要な位置づけが、とても興味深かった私です。